東京大空襲から81年、犠牲者の慰霊大法要営まれる

約10万人が犠牲になったとされる昭和20年の東京大空襲から81年となった昨日3月10日、冷たい雨が降る中、慰霊堂の前に設けられた献花台には、朝から多くの人が花を手向けていた。

東京都慰霊堂(墨田区)では「春季慰霊大法要」が営まれ、秋篠宮ご夫妻が参列された。 ほかに遺族ら170人が参列。記憶の風化が懸念される中、後世に戦争の惨禍を伝えていくことを誓った。

小池百合子知事は「安全・安心で持続可能な東京を次世代に引き継いでいく。尊き全ての御霊(みたま)の安らかなるご冥福を心よりお祈り申し上げる」と追悼の辞を述べた。 秋篠宮ご夫妻は関係者の言葉に静かに耳を傾け、お一方ずつ焼香された。その後、ほかの参列者も焼香した。

1945年3月10日の未明に起きた東京大空襲。アメリカ軍のB29爆撃機による無差別攻撃で、東京の下町一帯が火の海と化し、一晩でおよそ10万人が犠牲になったとされています。

献花に訪れた人 「(空襲で)両親と兄弟3人、5人亡くなったのね。(私と)妹と2人だけ助かった。学校に逃げたんだよね。(亡くなった両親や兄弟に)見守ってもらいたい」 「(空襲時に母は)3歳だった私をおぶって。もう本当にやめてほしい。戦争だけはなくしてほしい」 東京都慰霊協会によりますと、遺族の高齢化が進み参列者の数は年々減少しているということで、「戦争の記憶の伝承」が課題になっています

大空襲の当夜、この地にあった墨田電話局では前夜から男性職員3人、女性交換手28人が勤務しており、最後まで職場にとどまって全員死亡しました。「由来」の説明プレートによると、最年少の交換手は15歳だったとのことです。通信インフラ網の維持は戦争遂行にとっても重要なことであり、早期に職場を離れて避難することなど、許されることではなかったのだろうと、容易に想像が付きます。

今も、ウクライナ、イランで戦闘が続いています。ロシア、アメリカの超大国による攻撃。